憲法記念日なので憲法についての自分の脳みそを整理してみようかと。
この日って、連休の中の一日として片付けられてる感じがして、しょうがないんだよ。別にこの日に何が起きるってわけじゃないけど、さっきはうちの仕事場の下をデモ隊みたいなのが歩いてった。意味ない場所で意味ないデモは不要ですな。
さて、憲法である。
敗戦後、1946年に公布され1947年5月3日に施行された我が国の憲法であるが、元ネタとしてはアメリカが勝手に作ったものである。日本がどうしたいこうしたいという話ではなく、アメリカという国が勝手に用意してこれでええやんって言って決まったのが我が国の憲法なのである。
そして、憲法は改正したりできるのだが、日本では施行後一度も改憲したことがない。何よりも改憲するにはハードルが高すぎるのである。「各議院の総議員の三分の二以上の賛成」と、「特別の国民投票又は国会の定める選挙」における過半数の賛成が必要となる。どう考えても今の政党では自民も民主も不可能に近い。
憲法の元に法律が定められているが、この法律を決めるときに憲法を拡大解釈しまくっているのが今の現状である。憲法を変えるのは難しいから、拡大解釈していいようにしておこうっていう魂胆である。
改憲、護憲それぞれに言い分はあるが、個人的には改憲したらいいと思っている。何十年も前から同じままってのは何かと不都合や不合理が生じてしまうものなのだ。子供だっていつかは大きくなる。毎月1000円の小遣いでどこの高校生が満足するのだろう。
改憲を認めてしまうといろいろと手が加えられてしまうというのが護憲派が危惧するところであろう。ただ、日本をより住みやすい国にするという信念がきちんと存在するのなら、そんな心配しなくてもいいだろうにと思う。何をかたくなに憲法9条と騒いでいるのかがちっともわからない。
第9条
国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては永久にこれを抛棄する。陸海空軍その他の戦力の保持は許されない。国の交戦権は認められない。
自衛隊は国を守るために存在しているが、国を守るのも軍隊だし、攻めるのも軍隊なのである。つまり、改めて自衛隊という概念をしっかりと制定してしまうように改憲しておくのが一番の安全策な気がしてしょうがない。とはいうものの、護憲派の人たちからすれば自衛隊そのものが悪であり不要であり、廃止するのが正しいと思っているから厄介である。
もし自衛隊が居ないとして、誰も国を守らないとき、僕が隣に住んでたら領地を広げるだろうし、長年の恨みのようなものを爆発させるかもしれない。攻めて来るヒトにちょっと話し合いましょうっていう理屈が成立するわけない。
中学生がカツアゲされそうになって、ポケットだか財布から10000円あげるから勘弁してっていうのはいじめられっこの発想なのである。10000円ももらうけど殴る!っていうのがジャイアン的であり、おそらくお隣さんの脳みその思考回路なのである。そんな国と対話してどうなるというのだろう。
とっとと国民や国土を守れるように改正してしまえばいい。改正するしないという話じゃなくて、どう改正するかがポイントなのである。ちなみに世界中どこの国もよく憲法改正は行われている。日本が異常なのだ。
他にも改正した方がいい箇所はあるだろうけど、まだまだ勉強不足なので、いつか学んだら書いてみたいと思う。